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モーセとイエスは、幼い頃に奇跡的に助け出され、民の救世主となるべく成長したという共通点があります。 アムラムとヨケベドの子(出エジプト記6章3節)であるモーセは、イスラエルの子供たちをエジプトの奴隷状態から導き出し、約束の地へと導く運命にありました。
キーヴァース
- 出エジプト記2章2節 - その女は妊娠して男の子を産んだが、その子が特別な子であることを見抜き、3ヶ月間隠しておいた。 (NLT)
- 出エジプト記2章10節 - その後、少年が大きくなると、母親は彼をパロの娘のもとに連れ帰り、自分の息子として養子にした。 王女は彼をモーセと名付けた。「私が彼を水からあげたのです」(NLT)と説明したからである。
バイブルストーリーまとめ
モーセの誕生の話は、出エジプト記2章1~10節に登場します。
ヨセフの死から長い年月が経ち、エジプトではヨセフが大飢饉の時に国を救ったことを知らない新しい王が戴冠した。 モーセの誕生は、400年にわたるエジプトの奴隷状態から民を解放する神の計画の始まりであったのだ。
ヘブライ人がエジプトで増えすぎたため、ファラオはヘブライ人を恐れるようになった。 敵が攻めてきたら、ヘブライ人はその敵に味方してエジプトを征服するかもしれないと考えたからだ。 それを防ぐために、ファラオは生まれたばかりのヘブライ人の男の子をすべて助産婦に殺して、成長させて兵士にしないよう命じた。
助産婦たちは神への忠誠心から従わず、パロに「ユダヤ人の母親はエジプト人と違って、助産婦が到着する前にすぐに出産する」と告げた。
レビ族のアムラムとその妻ヨケベドとの間に、立派な男児が生まれた。 ヨケベドは3ヶ月間、赤ん坊を隠していたが、もうこれ以上は無理だと、藺草と葦で作った籠に赤ん坊を入れ、アスファルトとピッチで底を防水し、その籠をナイル河に設置した。
たまたま川で水浴びをしていたファラオの娘は、かごを見て侍女に運ばせ、かごを開けると泣いている赤ん坊がいた。 ヘブライ人の子供であることを知っていた彼女は、その子を哀れみ、自分の息子として迎え入れようと考えた。
赤ん坊の妹ミリアムは、近くで見ていたパロの娘に、ヘブライ人の女性に赤ん坊を看護してもらったらどうかと尋ねた。 皮肉なことに、ミリアムが連れてきた女性は、赤ん坊の母親ヨケベドで、赤ん坊が乳離れしてパロの娘の家で育てられるようになるまで自分の子供を看護していたのだった。
ヘブライ語では「水から引き出された」という意味で、エジプト語では「息子」という意味に近い言葉だった。
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モーセの両親は、モーセをナイル川でかごに入れ、死から救った。
ノアの箱舟とモーセの籠は、イエス・キリストの救いを示しています。 ノアとモーセは箱舟の中で安全であったように、私たちもイエス・キリストによって安全であり、私たちの救いのために死に向かって下っていったのです」。
ファラオの娘に助けられたモーセは、実の母親に育てられ、イスラエルの神に紹介されました。 モーセはエジプトの王宮で特権的な生活を楽しむことになりますが、イスラエル人の血筋を忘れることはありませんでした。
関連項目: 聖霊の12種類の実とは?モーセの誕生に関する興味深い点
- エジプトの宮廷で育ったモーセは、読み書きを学び、後に聖書の最初の5冊を書くのに必要な知識を身につけました。
- モーセの弟アロンがモーセより年下であったため、ファラオは男児殺害の命令を撤回したのだろう。 アロンはモーセのスポークスマン、後に大祭司として重要な役割を果たした。
- モーセの誕生後、彼の生い立ちについては何も語られず、パロは養子の孫がヘブライ人であることを知っていたのか、パロの娘はやがて結婚したのか、などということも分からない。
- モーセが水から引き出されたように、神は後にヘブライの民を紅海という水から引き出され、追いかけてくるエジプト人から救われたのです。